まぼろしの霊場・常陸(水戸)三十三観音霊場
第5番札所 大戸 普岸寺
三王山浄光院普岸寺
(さんのうさん じょうこういん ふがんじ) 天台宗 廃寺 観音堂のみ
東茨城郡茨城町大戸1867
観音堂本尊 聖観音
御詠歌 誰もみな法の御舟に棒さしてあまねく岸にいつかいたらん
現在は小さな観音堂があるだけの廃寺。
アクセス 水戸駅北口茨交バス④水戸医療センター下車徒歩20分、
関鉄バス⑥水戸医療センター行き、「明光台団地入口」下車
徒歩5分
道路からは全く見えない。階段を登り大戸さくら公園に入ると、右奥の畑の一角に観音堂が見える。山号の山王は、天台宗寺院の鎮守山王権現(日吉神社)を意味する。本尊は火災に遭って相当損傷している。応永12年(1405)に入仏したと伝えられている。山号の三王は、天台宗の鎮守山蔵王権現(日吉神社)を意味する。
「開基帳」によると、
大戸村 天台宗小鶴如意輪寺末寺
一〇高三石七斗九升八合 普岸寺 平僧
壱石六斗七合 寺内
貮石七斗三升三合 観音免
一此寺開基知不申候、観音別当御座候、應永壱弐乙酉年(1405)八月十二日ニ入佛仕候、右近守国里与申人建立仕候書付御座候、唯當卯まで二百五十年ニ御座候、前々正月十八日、生仕惣百姓寄合申候、
一此寺慶長七壬刁年市嶋田次兵衛御検地之時分見捨除ニ被下候其後寛永十八年以前巳年之御検地之時分様子申上候得ハ見捨除申候
一百姓旦那七拾人
普岸寺は三王山浄光院といい、文治元年(1185)玄昌上人の開基と伝えられる。水戸三十三霊所の一つで、字寺坪の普岸寺跡の観音堂に聖観音座像、阿弥陀三尊像図(紙本着色)と地蔵菩薩像(紙本着色)が祀られている。本尊は應永十二年(1405)、永禄八年(1565)、文禄三年(1594)、享保八年(1723)の四度の補修があり、本堂は永禄、文禄の間に火災に合い、さらに嘉永六年(1853)に焼失して廃寺となった。現存する本尊も火災で焼け焦げ、ひどく損傷している。明治四十三年秋に再建されたが暴風により倒壊、大正二年頃、二つの観音堂が別々に立てられた。
寺坪に建つ現在の堂は昭和63年に建立されたものである。5番札所の観音堂は、 一月十六日と八月九日に「観音様まいり」が行われてきたが、近年廃れてしまった
先達 寺田弘道
普岸寺
黒く焼けこげた観音像
普岸寺入口、大戸さくら公園の右奥にある
寺内前にあるもう一つの子安観音堂
GPS 36゜19’02.46N 140゜25’01.28”E
阿弥陀三尊図と地蔵菩薩図